飛騨の原風景 それぞれ

過日ブログに認めさせていただいた安国寺のぐるりの肥沃な平地を
序でながら、少し駆けてみました。

そこには、アルミサッシなど合金を
気密性を高めるために後付けしたような
それ以前の昭和30年代以前の民家が多く残って
程よい重厚感が漂っています。

それら民家が十分な間合いをとって
数軒づつ密集隊形を整え
そのぐるりを田畑が取り囲んでいます。

山裾にも同様に平地の田畑に遠慮するように
しかしながら造りの良い家々が隣接に蔵を控えさせていて
小路へ向かって私道を伸ばしています。

そしてその斜面の幾許かもその土色を慈しむように耕され
ちょっとした青物などが植えられています。
所々には、きっとその家代々の所有地と思しき墓標が
付かず離れずで鎮座しています。

そこにはかなりの確率で柿の木などが対をなして慎ましく
しかしたわわな実を付けて立っています。

飛騨は心のふるさと というフレーズを
観光地である高山や私たち古川ではよく使いますが
日本昔話的な郷愁を掻き立てる里山の農村風景は
何を隠そう、その国府の地に歴然と残っているのでありました。

そういえば近在を評するのに
高山は商人町。古川は職人町。国府は豪農の郷。
と古老の方々は仰ります。

私たち今時の若い者は他人事のようにして聞いておりましたが
車を止めてしばしその風景と一体化すると
成程、と今更ながらに頷かないわけにはいかないようです。

もちろん文化遺産や見学向けに整えられた整然の感傷や感嘆も素敵ですが
これといって特筆すべきものを見出せないような
しかしながら、その土地に深く濃く染み渡って根付いているような
そんな空気を感じられる場所を探り当て
束の間、溶け込んでみるのも旅の醍醐味かもしれません。


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